三毛猫の引きだし・・・イラストレーター・ライター美和子のブログ

イラスト、文章、旅、映画。 好きだらけでぱんぱんの引き出し。

2016年11月

東京で、会社勤めと並行してイラストレーター、ライターをしています。
かわいいイラストと心のお話が大好き。

Instagram→mike.miwako

世界観のなかの世界。






たくさんの力をもっているはずなのに、
さみしそうで悲しそうで無力感を抱えている人がいて、
大丈夫だよ幸せになれるよ自分を幸せにしてあげてと言った。

でも、その人は、
そんなことしなくていいし、しても無駄だし、自分は救われないんだって言ってて、
そんなバカなことがあるはずはないって思った。

世界はみんなに開かれてるし、
その人だけが幸せになれない世界なんてあるはずはない。

でもその人がもってる世界の中では、世界観の中では、
たしかに幸せになれないんだろうなって思った。

幸せになれない前提の枠組みの中で、思考を続けて、選び続けているから。

その価値観にそぐわないことがあっても、その人には見えないし、気づかないし、無視をしてしまうんだと思う。

その人の世界の中で、
その人が幸せになれない「証拠」はいくらでも集めることができて、それをにぎりしめて、
ほらね、自分は幸せになれないんだって「証明」し続けることになる。

よくそこまで一生懸命、ジョーカーだけ拾い集めてきたね。
ハートもクローバーもダイヤもあったと思うんだけどな。
見えないか。
私もよく、見えなくなるからわかるけど。

だから、その世界の中にいる人にむかって、私が何か言ったり、助けようとしても、無駄なんだろうな。

世界観が変わらないと、その人にとっての世界も変わらない。

全く他人事じゃなくて、私の世界観もきっと随分いびつなんだと思う。
だから、気になってしまうんだと思う。



でも、

たぶんみんな、
最終的に大丈夫。

自分も大丈夫。

助けなくても
助けてもらわなくても
大丈夫。

幸せは目に見えたり見えなかったりわかりやすかったりわかりにくかったりして、
いつでもどこにでもだれのまえにもある。

そういう世界の中で生きたいなぁ
選びたいなぁ
そう思う今日。





親がキライでも大丈夫。

少し前に、「毒親」とか「母が嫌い」みたいな本をよくみかけて、
「なんで?」って思っていた。

虐待された経験があるならともかく、嫌なところがあっても、「ちゃんと」ここまで育ててくれたんだから、感謝する「べき」でしょう、と。

あと、心理学に以前からなんとなく興味はあったけど、
必ず「幼少期の家庭環境の問題」の話がでてくるから、これがどうしてもわからなかった。

よく、なんとなく心が沈む。意味もなく寂しくなったりする。でも原因がわからない。

だって、うちの家族は、
すごく仲良しってわけじゃないけど、
離婚もしてない、
まだ誰も死んでない、
暴力もない、
借金もない。


変わり者だけど「堅実で立派」な両親が、「一生懸命」節約して、
子どもの頃は毎年家族旅行に連れて行ってくれたし、兄妹4人を大学までいかせてくれた。

自分も「大人になって仕事をして親の苦労がわかる年齢」になったから、
親のことを責めるなんて「とんでもない」。

周りには、親が不仲だったり離婚したり、辛い経験をした友人がたくさんいるから、
こんなに「恵まれている自分」が、親のことを悪く思う「権利はない」。

こんな思考を持っていたことに、最近気がついた。


でも、
どんなに立派な親でも、
ちゃんと育ててもらっても、

それでも子どもは傷つくことがあるし、
傷ついてもいいんだ、とわかった。


いろいろなヒントをくれたのはこの本でした。


興味のある方はぜひ。


*******

うちの母は超スーパードケチ星人で、
40年間くらい髪を自分で切ってるし、
20年間くらい同じ服を着るし(しかもダサい)、
送料がもったいないとかいってママチャリで布団とか大きい壺とか運ぶし。

子どもたちにもその「清貧」を要求してきて、
私は中学生のころ、1000~3000円のお小遣いのなかで、
おやつ代も、お出かけの時のお金も、プリクラ代も、交通費も、洋服代も、美容院代も、基礎化粧品代も全部捻出しなくちゃいけなくて、
周りのかわいい友達にとてもついていけなくて、
毎朝、母とバトルをしてた。

自分のおこづかいのなかで服を買ってもなぜか怒られた。

可愛いものが欲しかった。
可愛くなるためにお金をかけたかった。
その願望を、口に出すと怒られた。

周りの友達みたいにストレートパーマをかけたいって、そんなに罵られるようなことなの?


今思うと、お金のこと以上に、そういう、好きの気持ち、自分の気持ちを全部否定されたように感じて辛かったんだ。



母は音楽が好きで、
私は全然好きでもないピアノ教室に、10年くらい毎週通わされた。
毎日練習しないと怒られた。(ピアノ代と月謝代がもったいない!)
先生が怖くて、毎回のように泣いていた。
母は私が泣いても気にせず、後ろのソファで黙って新聞を読んでいた。

「友達が通ってるイラスト教室に行ってみたい。お菓子とかもらえて、先生も優しくて、楽しいんだって」と言ったら、
「そんな遊びにお金払えるわけないでしょ!」と怒られた。

楽しいと、どうしていけないんだろう。遊びは、悪いことなの? 
お絵かき、好きなのに。

ピアノは好きになれなくて、10年やっても下手くそなままだった。


気持ちを受け入れてもらえる気がしなかったから、
学校でどんなに辛いことがあっても、
母にだけは悟られてたまるか、とふんばっていた。


もっと若くて綺麗で優しくて、私の気持ちをわかってくれるお母さんがよかったって、すごい不満をもってた。

でも、高校生くらいになったころから、
「親のこと嫌いって、人としてアウトでしょ」「親って、尊敬、感謝するのが当然でしょ?」
という論調が、世間の流行だったのか、年齢的にそうなったのか、段々強くなっていった。(JPOPの歌詞あるあるみたいな)

私はそんななか、思いました。
「やっべ」

家族と仲良くできないって恥ずかしいことなのかも。
家族と仲良い子のほうが良い子そうってモテるのかも。←


でも、母親のこと全然尊敬できない。ムカつくところばかり。
いや、でもそんなふうに思うことは「問題がある」んだよ。何かあるでしょ?尊敬できるところ。
うん、まぁ、、、お母さんが節約してくれてるから、うちの家計はきっとまわってるんだよね。
そう、私はおかんのこと尊敬してるわ。ムカつくところもあるけど、なんだかんだ、全部おかんのおかげだわ。よし、それでいこう!

世間に対して必死でいい子ぶりっ子するために、
気持ちを無理やり折り曲げてしまっていた。


だんだん、その折り曲げたほうの気持ちが本当になっていって、

節約をしている母は立派。
浪費(といってもお小遣いで自分の好きなもの買ってただけ)してしまう私はダメ。

いつのまにかそんなふうに思っていたらしい。


そして社会に出てお金を稼げるようになって、
「母の苦労がわかる」ようになり、私はお金を貯めることを頑張った。
「将来の家族のために!」←未だにいません


「オシャレ」とか「可愛いもの」とか、そんな腹の足しにもならないものはムダムダ。

お母さんは、女を捨てて、自分に全然お金をかけないで私たちを育ててくれたんだから!

「もっとオシャレすればいいのに」「ちゃんとメイクしなよ」
そんなふうに言ってくれる友達や彼氏に、
「私は一生懸命我慢してやってるのに何でそんなこと言うの!」と思って腹を立てたり。

願望を抑圧してたから、イライラしてたんだなぁ。


そうやって「可愛いもの」を封印したら、
いろんなことに、あんまり感動しなくなっていった。

「そんなの、当たり前じゃん、ふつうじゃん。なにがすごいの?」「キラキラ女子ってなんやw」っていろんなことバカにしてばかり。

あと、食べものの味があんまりしなくなった。
美味しいのは頭ではわかるんだけど、心が動かなくなってた。


そして、社会人になってから付き合った人は、
なぜかみんな、自分の趣味にお金をジャンジャカ使う人だった。笑

今思うと、憧れてたんだなぁ…。

そして、そんな姿を見ながら、
「私は将来のことを考えてこんなに貯めてるのに、なんであなたは自分勝手なの!」って怒ってた。笑  
今思うとほんとごめん。笑

パートナーは、自分が捨てた一部を拾ってきて家に上がり込んでくる人なんだって。

全部、抑え込んでいた自分が引き起こしていたということになるらしいよ。
心って不思議。



よく考えてみれば、
お母さんも、自分が我慢すれば家計はまわるからって、
「一生懸命」我慢してるのに、

同性の私が、「これかわいいー❤︎」「これ欲しいー❤︎」ってきゃいきゃいして、父に可愛がられているのを見て、
「お前も我慢せんかーーー!欲しいとか言うなーーー!かわいいがナンボのもんじゃーーー!」と腹を立てていたのだと思う。
母もいつも本当の気持ちを抑えて我慢してたから、苦しかった。


でも母も、いくら節約していたって、
美容院代くらい、それを自分の中の必要経費として考えていたら出せたはずだし、
ヨーカドーやユニクロで服を買ったって、見た目に気を使っている人はそれなりにオシャレに見せられる。

「家族のために女を捨てて必死に働く」というのは、あくまで母がが取った選択肢のひとつであって、
他にも無数の選択肢はあったはず。


母の選んだ道がひとつの絶対解だなんて思う必要は全然ないのだ、と気づいた。

母はただそういう生き方を自分で選んだだけだし、
私はそれを無理に正当化しなくていい。
マネしなくていい。

だってかわいい服好きだもん!!かわいい雑貨好きだもん!!もーーーバカ!!←

うん、私、白状するとだいぶ怒ってました。笑

自分なりにいろいろ気づいてから、数カ月間腹を立ててた。多分まだ終わってない。


「親も親なりに必死だった」
「親だって人の子だから完璧じゃない」
「あの人にもいいところはたくさんある」
「自分だって親をたくさん傷つけた」


わかってる。わかってるんだよそんなこと。
今までずっと自分にそう言ってきた。
でも、そうだとしても、
自分が傷ついた、否定ばっかりされて悲しかったと感じた、この気持ちは消えない。

抑え込んで隠そうとすると、いつまでも底の方でフツフツと沸いたまま、終わらない。
ずっと自分をごまかしてたから、苦しかったんだ。


どんな「正当な」理由があったって、
それでも私は傷ついたし、怒って、悲しんでいいんだって思った。

感情を持つことに対して、権利はいらない。
ネガティヴな感情を持つことを、誰かに許可してもらわなくていい。


「分別があって物分かりのいい立派な大人」になんて、
無理してならなくていい。むりだもん。

正直に、ちゃんと嫌って、ちゃんと怒ってこそ、もしかしたら、
正直な好き、がもっと浮き出てくるのかも。

だって、好きで、好きで、認められたくて、愛情が確認できないのが怖くて、
良い子ぶりっ子してここまできてしまったんだもの。



もう、自分で選んで決めていける
年頃になった。


親がたくさんくれたもの。
たくさんの教えと呪い。
好きなもの、便利なものは取り入れる。
嫌いなもの、合わなくなってきたものは捨てていく。



いろんなものにさようなら。

軽くなります。

自分の分しか、持てません。


レビュー:君の名は。(映画)




映画はあんまり一人で観に行かないんだけど、
今回は一人で行ってよかった。

観終わってすぐに、
いっしょに行った人に
楽しかったとか泣けたとか言わなくちゃいけなかったら、
普通の声とか、大袈裟な声とかを出さなきゃいけなかったら、

受け取ったものが、胸の中でまだぐつぐつ煮えているのが、消えてしまう気がしたから。

いっしょに言った人が、「あんまり好きじゃなかった」なんて言ったら、その場でパリンと割れてしまいそうな、全部ダメになっちゃいそうな、
それくらい微妙でなんだか意味不明なものだった。


受け取ったものは、
自分の容器に入れて、しばらくタプタプさせていたかった。
こっそりと、なるべく長く、興奮を自分の内に持っていたかった。
 
受け取り方は人それぞれでも、
今回、自分が受け取った感動は、絶っっ対に正当化したかった。




新海誠監督の映画はこれまで観たことなくて、
「秒速5センチメートル」は漫画で読んで、あんまりしっくりこなかった。
たぶん、映像じゃなきゃダメだったんだ。


画面の中の風景が動くとき、私の体もいっしょに動く。
主人公が走る時、私もいっしょに走ってる。
主人公が恋をする時、私もいっしょに恋をしている。

急がなきゃ、急がなきゃって自分もずっと走っていたから、なんだか息があがった。

ストーリーどうこうじゃなくて、
受け取ったものは、まるごと全部で、
音と光と景色と感情と温度ととにかく全部で、
偉そうな顔してバラバラに分析なんてしたら、全部がこぼれ落ちてしまいそうな、それくらいの、まるごと。


ストーリーというよりは、
そうだ、「衝動」。


始まりのシーンから、自分の片手で片手を強く握りながら見てて、ずっとずっと手が離せなくて、
内臓がぐつぐつ煮えたぎった。

何を思ったらいいのかわからなくて、なにを感じているのかわからなくて、
ドキドキして、胃がカッカして、変な汗かいた。


喜びでも悲しみでもなんでもいいから、この映像のなかにいることが、
なんだか素晴らしいことみたいだった。


なんだか全然ことばにできない。
ことばで説明するのは適切じゃない。そしたら、全部死んでしまう。

ああ、だから、映画を撮ったんだね。




映画館を出て、歌舞伎町のギラギラの中を歩いても、
私、まだ全然こっちの世界に戻ってこれないよ。


あれ、でも・・・


君の名は




何だっけ?









------------------------------
12月29日追記。
2回めを観に行ってきた。
やっぱりいいなぁ。ますますその世界を好きになる。
イラスト描いた。








ぐうたらポンコツdays

 



(水彩絵の具にチャレンジ!)

胃腸がやられました。。。
病院行って、おくすりもらって、
ひたすらおうちでダラダラぐだぐだ。 

予定も全部キャンセル。

昨日、amazonで注文していたデデンネのぬいぐるみが届いたので、
そいつとごろごろ。

いやー、柔らかくてまるっこいものの威力はすごいです。
いてくれるだけで幸せです。

なんの役にも立たなそうなものが
どれほど大切だったのか。


1人で家に引きこもるのが苦手だったけど、
最近はわりとラクで楽しい。


なんでかなーー。


ああそうか。
自分のこと、責めなくなったからだ。
自分に監視されてないからだ。
自分のこと、ふにゃふにゃに甘やかしてるからだ。



いつだって、自分のこと1番責めてたのは
自分だった。

自分が自分の味方でいれば、
おうちのなかに、敵なんて1人もいなかったんだから。

それに、お家の外も、
ほんとは、意外と優しいんだよ。



まだまだ眠ろう、ふにゃふにゃと。




理由もなく、好き




(久しぶりに色鉛筆)

昨日、友達とサンシャインシティのポケモンセンターに行った。

グッズを見ているだけでとんでもなく幸せになれた。



今日になっても、瞳をとじるとピカチュウがまぶたの裏にいる。笑 ←実話


どれほど強くなれたでしょう♪


理由もなく好きだったものを

理屈をつけて好きじゃなくなったものを

もう一度拾い集めて

やっぱり理由もなく好きでいられる幸せ。


セーラームーンリバイバルもポケGOブームも幸せ。



こんなかわいい友達を好きでいるのに、理屈なんていらなかった。


ずっと昔から、
いっしょにいてくれてありがとう。



LINEで更新通知を受け取る
LINE読者登録QRコード