三毛猫の引きだし・・・イラストレーター・ライター美和子のブログ

イラスト、文章、旅、映画。 好きだらけでぱんぱんの引き出し。

2017年05月

東京で、会社勤めと並行してイラストレーター、ライターをしています。
かわいいイラストと心のお話が大好き。

Instagram→mike.miwako

被害者をやめる会

最近、関係をいくつか整理しました。笑

まず、1年通ったイラスト教室。

毎週課題として描いていたイラストは絵柄がまとまってきて、
先生にももう少し描き溜めたら出版社とかに営業に行ってもいいんじゃない、といわれてたんですが、、、


どうしても描きたくなくなった。


絵は描きたいんだけど、
「この絵」を今はもう描きたくない。



もともと、先生には
それぞれの実力に合わせた形で、なるべく早く効率よく、売り物になるイラストに整えてあげよう、という考えがあって、

私の場合は、これまできちんと絵をならっていなくて、デッサンもとれていないから、
まぁいろいろ言われて、、、


漫画風の絵は使いづらいから描くな、微妙な表情をつけるな。

身体をうまく描けるようになるのは大変だから、
なるべくシンプルで単純な線にしなさい、関節とかもなくして。

色ぬりも、水彩とか色鉛筆とかは微妙なニュアンスを出すのがむずかしいから、
アクリル絵の具でベタ塗りにしなさい。失敗が少ないから。

線が細いと微妙なニュアンスがでちゃうから、いつも同じキャラクターが描けるように太い線にしなさい。

イラストのテイストは1つに統一しなさい。そうじゃないと仕事が来づらいから。


とか、
とにかくとにかくそういう制限をどんどん課せられていって、、、
こういう風にして見たいな、やってみたいな、
というチャレンジはことごとく否定されて。


もし、今の絵で仕事ができるようになっても、それで本当に楽しいだろうか?
という気持ちが出てきたところで手が止まった。


月謝は3ヶ月分前払いしてあるけど、もういいやって。
通うのをやめました。


今は、禁止されていた漫画絵や、細い線の絵、色鉛筆を使った絵、身体をリアルに描く絵など、いろいろ1人でチャレンジして遊んでいます。






そしてもうひとつ。
10年くらいの付き合いの学生時代からの友人との連絡経路を断ちました。

彼女は、私の友人の中では珍しく、気が強くて断定的でマイペースなタイプ。

私とは表に現れる性格が結構違うんだけど、気があうところもあり、話してると楽しくて、学生時代はよくいっしょにいました。


ただ、かなーーーりの遅刻癖があり。

2人での待ち合わせで、毎回1時間くらい遅れてくる。
怒っても、美和子も遅れればいいじゃんと言われるだけ。


大学の卒業パーティーの時は、
彼女からいっしょに行こうと誘われ、
ちゃんと行く準備しといとねと何度も念を押したのに、
指定の時間に彼女の家に迎えに行くと、
彼女はジムから帰ってきたところで、
これからシャワーを浴びてドレス着てメイクするという。。。 

あと、私の髪型とか服装とかに
アドバイスをくれるのはありがたくもあったんだけど、
「美和ちゃん、それはないわ、やめようか」みたいなことを求めていないのに、
いきなりズバッと言われて嫌な気分になったり。(それでも聞いちゃうんだけどね。笑)


好きだけどいっしょにいるとしんどい、そういうところのある友達でした。

そして最近、遅刻されるの本当に悲しかった、と伝えて謝ってもらった後に、

ありえない大遅刻をされ、笑

また許すこともできたけれど、

私はもうすぐ30歳になるので、
私の30代にあの子はいらないな、と思い、
全て断ち切ることにしました。



で、今考えるとこれ、
両方とも相手のペースや主張に合わせて合わせてまきこまれて、
最後に自分が爆発するというパターン。


恋愛でも何回かやりました。笑



見た目とか言動について、
美和子はもっとああしたほうがいい、こうしたほうがいい、と言われまくり、

じゃあ他の女と付き合えや!!と私が最後に爆発して終了。笑




私には被害者ぶる癖があるけど、
関係性って一方からだけじゃ結べないから、
当たり前だけど、私も自分でこういう関係性を創ることに加担しているんですね。

そういう相手を選んでいる。

なんでこんなことしてるのかなーって思うと、
とにかく自分の選択や意思や決断に自信がなくて、
相手に決めて欲しかったんだと思う。


自分の力を小さくしていきながら
相手にどんどん力を与えて、
コントロールされているような気分になる。



で、毎回爆発しているところを見ると、笑
やっぱり自分はそれじゃ嫌なんだよね。


確信なんて持てなくたって、
自分で決めたい。
自分の気持ちに従いたい。




数年前はね、一人暮らししてるのに、
インテリアひとつ、自分の意思で買えなかったんです( T_T)

同棲したり結婚したりしたら、相手とインテリアの趣味が違うかもしれないからって。。。

私は誰の人生を生きてたんだろう。



今は人目を気にしなくなったらどんどんメルヘンになってきました。笑








服も、年齢や値段ばっか気にしないで好きなもの着ようって思ったら、
小花柄とかレースとか増えてきて、




部屋にも服にも自分というものがぶわーっと出てくるようになりました。

自分の好きを認めるのが怖かった。

そんなに可愛いの似合わないよ。
いい歳して。
趣味おかしいね。

そんなこと言われて、本当の好きを否定されたらどうしようって怖かった。


でも、私の周りにいる人たちはそんなに意地悪じゃないし、
そう思う人とは、お互いに離れればなんの問題もない。





人に変な力を与えるのやめよう。

自分で決めて、何があってもその結果を受け止めよう。
結果から遡って自分の昔の行動を裁くのもやめよう。



こんな部屋に住んで、こんな服を着る自分を好きな人と
いっしょにすごそう。


もう勝手に被害者になるのやめよう。


日々自分の好きや気持ちを丁寧に探して選んでいくことで、
自分に力が戻ってくる。


30代は、
たぶんもっともっと楽しくなれるのだ。









レビュー:ターシャ・テューダー 静かな水の物語(映画)



映画 「ターシャ・テューダー  静かな水の物語」 を観てきました。

こういう、広告もあまりされていない、小さな映画館でしかやっていないような映画を観に行くのは初めて。

数年前に、
ターシャ・テューダー展を観にいって以来、彼女の本を何冊か読んだりしています。

彼女の説明をするのはちょっと難しいので、wikiより引用。
(作家とか、○○屋とか、そういうふうに職業を一言で説明できない人が好きなんだなーと思う。)

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ターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915年8月28日 - 2008年6月18日)はアメリカの絵本画家・挿絵画家・園芸家(ガーデナー)・人形作家である。 
 
50歳代半ばよりバーモント州の小さな町のはずれで自給自足の一人暮らしを始め1800年代の農村の生活に学び、
彼女の住む広大な庭で季節の花々を育て続けるライフ・スタイルは、日本でも注目を集めた。  

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この映画は、

彼女の大自然の中にある家での生活の様子のドキュメンタ リー。

本当に、ただそれだけなんですが、

花とかなんの興味もない男性が見たら爆睡ものだと思うんですが、

とってもとってもよかったです。


彼女、このドキュメンタリーを撮られた時点では91歳で、けっきょく翌年には亡くなってしまうんですね。


老人との会話って

やっぱり病気の話になったり、どうせもうすぐ死ぬからとか、そういう言葉がでたり、

ちょっと悲しくなることが多いんですが、

ターシャはもうひたすら、

今日もお花が綺麗に咲いている!

動物たちも元気でかわいい!

アフタヌーンティーの時間は至福!

何の編み物をしようかしら!


というふうに、一瞬一瞬が喜びと希望ばっかりで、

とても静かで穏やかな暮らしをしているけれど、生命力に満ちていているのです。


今日はいい天気ね、

とターシャはよく言うのだけれど、それがただの社交辞令じゃなくて、

本当に嬉しそうなの。

天気がよくて、緑が光っていて、気持ちがよくて幸せ。


もう、この人を見ていると

不幸とか感じることが馬鹿らしく思える。


特殊能力を使って特別なことをしているとかじゃないのに、

このおばあさんは魔法使いにしか見えない。

瞬間瞬間をきらめかせる魔法。


飼っている小鳥を洋服の中で温めたりしてて、

鶏とかもめっちゃ懐いてるんですよ。

飼っている鳥たちも、ケージの外にはなしても逃げていかないの。

あ、やっぱり魔法使いかもしれん。



91歳の誕生日を家族に祝ってもらうシーンで、

うさぎの飾りのプレゼントをもらったときのターシャの表情。

目がキラッキラに輝いたんです。

まぁ、こんなにかわいい素敵なもの!って本気で驚いて喜んでいる顔。


その顔を見て、この人すごいなぁと心底思った。

自分が90代になっても、そんな表情ができるだろうか。



彼女は美しい絵で絵本を描きながら、

絵本そのままのような、おとぎ話のような人生を描き続けた、創り続けた。


彼女の好きな

花も庭も絵も人形も1800年代のドレスも

彼女自身の手から紡ぎ出されていく。


「楽しみは自分で創り出すものよ」


言うは易く行うは難い、

この言葉を、90年と少しの人生で貫き通した彼女。


彼女が最期を迎えたベッドのある部屋は、

東西南北全てに窓があり、

日の出も日没も、

彼女の美しい広大な庭が見渡せる。


白く小さく四角い病院のベッドで消えていくことに比べたら、

こんな贅沢なことってあるだろうか。


彼女は内気で、質素で、つつましいおばあさんだけれど、

同時にその魂の燃え盛り具合がもうロックとしか言いようがなく。


私は自然も動物も絵も好きだけれど、

山に篭って暮らしたいわけではないし、

文明の力にも頼りたい。


彼女の生活そのままを真似したいわけではないけれど、


この映画の中には

毎瞬の幸せを見つけ続けて生きるための

たくさんのヒントがピカピカつまっておりました。







世界はメタファーだ、田村カフカくん




え~~、神木くんファンの方すみません(; ´∀`)

3月のライオンの記事で、
私と神木くんは顔のつくりがちょっとだけ似てるのでは、という話をしました。笑

男の子に似てるってどうなん?って話ですが、
なぜかすごく嬉しかったんですよ~。



少しエラが張っているところ。
鼻にお肉がついてるところ。
片方の目が奥二重のところ。


自分の顔のなかで、ここがちょっとな~~と思っていたところが、
神木くんに似ているポイントだと(勝手に)思ったら、
それはそれで良いところなのかも、と初めて思えたんです。

だって私は神木くんの顔を見ると、綺麗だな~~って惚れ惚れするから。


近すぎてわからなかったことが、
似た何かを通過することで、初めて受け止めやすくなったりする。



あと、最近、人体をうまく描けるようになりたくて、絵が綺麗な小畑健さん(Death noteの作画の方)の、
プラチナエンドという漫画の絵を模写しています。
(人というか天使ですが。笑)


これまでも、人体の本を買ったり、モデルさんを前にデッサンをしたことがあったんですが、
漫画を見ながら描くことで、この線をこう描くのか~こうなってるのか~とわかるようになることが多かったんです。

で、さらに、漫画の絵を見ながら、この線はなんだろう?と思って、本物の人体のほうに戻ると、ああ、なるほどここに線ができるんだ~~ってよりわかったりして。



なにかとなにかが似ている。
なにかとなにかはこういうふうに分類できる。


そういう、ここが似ている、ここが違う、というポイントを探して理解を深めていくことが偏執的なくらいに大好きです。
動物占いも星占いも兄弟構成の話も。
恋愛初期の醍醐味もこれですよね。笑

だから心屋さんの前者・後者の話も好きなんです。



他人のことも自分のことも、最後の最後までわかりきってしまうことは絶対にないから、
いろんなカケラを集めて当てはめて、ちょっとずつでも、本質、のようなもの、に
じりじりと近づいていきたいのです。

最終的に、そんな分類をいくら駆使したって、あなたの大事なことはちっとも理解できなかったよって投げ出すことになるのなら、
そのわからなさがまた尊くて特別で、素敵だなって思うのです。



「世界はメタファーだ、田村カフカくん」

7年くらい前に『海辺のカフカ』を読んで、
村上春樹のなかで1番ってくらい面白かった小説なのですが、このセリフの意味がわからなくて引っかかっていました。

今もきちんとは説明できないけれど、わかってきている気がします。

全ては何かのメタファーで、みんな似ていて、みんな違って、
誰かを通して自分を見る。
自分を通して誰かを見る。


世界はヒントに満ちている。





私は死ぬまで「なにか」を知りつづけたいと思う。



自分と人の中心に、近づきつづけたいと思っている。




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