原節子さんが亡くなった。

写真でしか見たことがなかったけれど、

内田樹さん、茂木健一郎さん、それに三輪明宏さんなんかが
こぞって、やはり小津映画だ、原節子さんだ、ということを方々で書いていたので、

気になっていて、廉価版のDVDのセットを購入していたものの、未開封だった。


亡くなったと聞いて、
あ、観なければ、と思った。

生きているうちに観ればいいのに。
亡くなった人がどんな人だったのかということが、なぜだかいつも気になってしまう。


持っていたDVDの中で、
比較的短めの、「晩春」を観た。




歌うように話す人だった。
夢を見ているように笑う人だった。

しゃなりしゃなり、という効果音が合うような、上品な身のこなしだった。


ほんの一握りの一流の人しかスターになれなかった時代、
静かな迫力を持って、白黒の画面の中で輝いていた。




母親が亡くなった家庭の、
適齢期の娘と父親の話。

派手な音楽や演出はなにもない。

ゆっくりと、細かな感情や時間や風景が編まれていく。

だれも泣き叫ばない。

静かに、こんこんと、ふつうの言葉でゆっくり語る父の言葉の中に、
その言葉どおりの意味も、行間の意味も、全部がびっしりと詰まっている。


嫁入り前の娘さんにも、
既婚・未婚女性にも、もちろん男性にも、
あの父の言葉を聞いてほしいと思う。

全身にびっしりと、何かが残される映画。

観た後には、
受け取ったものを処理しきれずに、うわーーー、と倒れこんでしまう。





今も、どんどん新しくいい映画がたくさん作られている。
映画館に行って新しい映画を観るのが好きだ。
3Dも、最初は抵抗があったけど、ぴたりとはまれば素晴らしいと思う。

でも、昔の映画って、密度とか、そこにかけられた熱量の重さが
観るたびにやはりすごいな、と思わされる。


一握りの人たちしか携われずに、
乱造することもできなかった時代だからこそ、
一本一本が贅沢だ。










映画は1949年製作のもの。

宮崎駿監督が、風立ちぬの中で描こうとした
「古き良き日本」みたいなものが残っているようだった。



そこにはたしかに、まだ、
「日本」という国があるような気がした。


カンボジアに行ったときに、なるほど、これがカンボジアか、と思い、
トルコに行ったときに、ほほう、これがトルコというものか、と思うように

はあ、これが日本でしたか、というものが。



もちろん、今でも日本はある。
寺も城も着物もある。

でも、それらは、「歴史」「観光」という箱の中に入れられて、

多くの一般の人たちにとって、薄いベールで仕切られているような、
日常や、普段の感覚とは、少し離れたところにある。


古い旅館に泊まって浴衣を着て、
「やっぱり和が一番だね」といいながら、

少しだけ大げさで無理なことをしているような、
日本という異国にきたような感じがする。



60年ほど昔の映画の中にある
家や服や話し方や動作は、自分にはすでになじみの薄いもので、

そのころから、日本は、
「間違った国」が作ったものを、
壊して、新しいものを作らなくてはいけなくて、
必死だったのだと思う。


少し前に、初めてヨーロッパ(フランス)に行った。
彼らの服の着こなしをみて、なるほど、と思った。

「洋」の服は、やはり彼らのものだったのだ。

「ダサイ」人がほとんどいなかった。

洋服を着るノウハウも、教養として、
代々自然に受け継がれているのだ。


日本では、服を着ることに熱心な人は熱心な恰好をしているし、
興味のない人は「ダサイ」恰好をしている。

私の親は全く興味のない人たちだったので、
思春期になった私は、わけもわからずいろんな服に手を出した。

でも、ヨーロッパでは、小さな子供でも、
やたらピンクやひらひらやキャラクターにまみれたような服をきておらず、
きちんと似合うものを着こなしていた。


日本人は、まだ、洋服に慣れていないのだ、と思った。
でも、和服のことももう思いだせない。



映画の中で、原節子さんは、
座ってと言われたら、すっと正座をした。
家の中でも、敬語を使っていた。

でも、それが窮屈で苦しい感じではなく、自然で美しい所作なのだ。

たくさんの決まりごとや儀式や定型的なふるまいがあった。
でも、人々は、その中で割と軽やかに泳いでいるように見えた。

決まっていることたちの中で、
そこまで思い悩まずに(まあ、人生悩むことはもちろんあるけれど)、
きびきびと動く。


今の私たちは、なんでも決められる、ような気がしている。
前後左右に道が開けていて、
ひとつひとうのことに、いちいちたくさんの判断があり、悩んで逡巡し、後悔したりする。

自由に、時々振り回される。



父親が、「おい、お茶」「おい、タオル」と言えば、
節子さんは明るく「はい」と対応する。

今、そんなことを夫婦間でやったら、
妻のほうが、yahoo知恵袋に愚痴を書き込んだり、
妻のほうがちゃぶ台をひっくり返してしまいそうである。


昔が良かった、なんてとても軽々しく言えない。

私でも、それをされ続けたらちゃぶ台をひっくり返すかもしれない。
暴力も当然のようにあったのだと思う。


でも、それでも、
夫婦間の役割が明確であって、それを守りさえしていれば合格だった時代は、
ある面では楽だったのだろうな、と思う。


今は、いろんな「子育てのプロ」(子育てのプロってどの結果を見て判断するの)の人とか、
育メンとか、なにかとにかくいろんな言説があって、ややこしくて、


正解は、ひとつひとつの夫婦が探し出していくしかなくて、なんかその辺がハードな気がする。




この前、久しぶりに何かのドラマが流れているのを観たら、
ヒロインの女の子が、やたらと男の子にかみついていた。
なんでそんなに怒るんだ?というくらいに。

でも、そういえば、ドラマってそういうの多かった気がする。

やたら怒ってきたり、挑発的だったりするヒロインに、
男の子は、なんだよあいつ、とうっとおしがりつつも、
そんな「素直なところ」がだんだん愛しく思えてくる、ようなやつ。


原節子さんの、現代とは全く違う、「淑女なヒロイン」象を見て、
現代のヒロイン象は、この「旧式」への反発なのかな、と感じた。


今更、不自由な立場に戻れと言われてももう無理だ。
女性も自由の味を知ってしまったから。


だからといって、自由にやたら怒っているというのも、
なんだか誰も幸せじゃない。

ただ単に、真逆に振れればいいというもんでもない。


原節子さん演じるヒロインや、
ほかの女性たちも、そんなにシンプルに、私の思う「旧式」イメージに当てはまるわけではない。

やはり男性を立てるふるまいはするのだけれど、
「なんでもいいなり」というイメージからはかけ離れていて、
割とキツイこともさらっと言うし、けっこう気が強い。

弱さ一辺倒では全くなくて、むしろ今の女性より勝気で強そうな面もけっこうある。
やわらかい部分と固い部分のバランスが、今とは違ったみたいだ。




昔に戻ればいいわけじゃないし、
戻ることはできない。


でも、悪しきものとして切り捨てるには、
歴史や文化はあまりにも長くて、重くて、豊潤だ。



小津映画は、未来への手紙だったのではないか。
その時代にあるものが急速に消えていくのを肌で感じながら、
いつか「昔」と呼ばれる今に、こんなものがありましたよ、と、遠い未来まで飛ばすための。



遡ることはできないけれど、
欠片は拾い集めていきたい。
それは、軸がぐらぐらと揺れる時のお守りに、少しなりそうな気がする。


女性の理想的な生き方みたいなものは、10年どころか、5年、いや、もっと短いスパンで変わっている気がする。

振り回されたくないと思いつつ、
知らない間に、空気と一緒に吸い込んでいる。


一度壊したものを、私達はまだ立て直している最中だ。


でも、たぶん、いつの時代も、そんな面もあった。
飢饉があっても、戦乱の世でも、大地震でも、放射能でも、
女性はタフに生きてきて、


映画の中の彼女と同じように、
迷いながらも手さぐりで、今日も幸せをつくっていく。