(しょうもないイラスト描いてたら、初代まいちゃんが亡くなっていたことを知ってなんかショック・・・)


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親への恨みつらみシリーズ第2弾みたいになっちゃうけど笑

「ぼーっとしてて気が利かない」
「まわりにやってもらってばっかりで、自分で全然動かない。本当に末っ子なんだから」
「そんなんで許されると思ってるの、人に受け入れられると思ってるの、やっていけると思っているの」
「役に立ちなさい。尽くしてあげなさい」

そんな言葉を、母によくかけられていた。
(たしかにぼーっとしているんですけどねっ)

「どうしよう、このままじゃ大人になれない」
「役立たずで、認めてもらえない」
「スマートにサラダを取り分けないと・・・←」

「大人」に近づくことがどんどん怖くなった。

1人でできるよ。
ちゃんとできてるよ。
役に立てるよ。
助けてもらわなくて大丈夫だよ。


自分にも、まわりにも一生懸命言い聞かせて、ほんのりアピール(笑)してきた。


ミスやうまくいかないことを報告するのが怖かった。
無能さの証明みたいで。

助けて、手伝って、
私のために時間をつかって。
それを言う勇気がなくて、
1人で抱え込んでふくらましてから、
結局最後に根をあげて手伝ってもらったり。

すごく辛くなって、自分がぐちゃぐちゃのボロボロになってからじゃないと、
助けてもらっちゃいけないと思ってた。
そのほうがよっぽど迷惑なのに。笑


「しっかりしようとしない人」や、
「頼ってくる人」に苛立つこともあった。
(ちゃんとしなよ!!大人でしょ!!)


でも、
「私は役に立てますよ、しっかりしてますよ、大人ですよ社会人ですよ」
を必死に証明するための恐怖がこびりついた
私が取り分けたサラダは、
今思うとあんまりありがたくないんじゃないかと思う。

そういう人の形相は(笑っていても)険しいし、
動きも話すこともなんとなく軋んでいる。

やってあげた感が全面にでる。

他人のことはよく見えるのにね。



1人で、できるだけなんでも、と頑張って頑張って辿り着く先は、
「自立」じゃなくて「孤立」なんだと思うようになった。

全部自分でできたら、
誰も必要じゃなくなる。

頼られることをよしとしなかったら、
誰からも必要とされなくなる。

そんな世界に、行きたかった?



会社で、自分が忙しい時期に、
周りの人たちにたくさん手伝ってもらえて少し楽になって、
それでもまだ助けてくれようとする人に
「最近楽になって早く帰れるようになったんで、これ以上は悪いです。申し訳ないです」と言ったら、
「いや、楽になって早く帰れるように手伝ってるんだって!」と言われて
頭をかち割られた。
ほんとだ!


小学生が考えてもわかることなのに。
「社会人」になろうとするとわからなくなってしまうことがある。


誰かにサラダを取り分けてもらったら、
「できなかった、自分はダメだな」って落ち込むんじゃなくて
「ありがとう」って喜ぶ。「おいしい」って食べる。

「手伝おうか?」って言ってくれたら、
「大丈夫です!!(私は無能じゃありません!あなたの助けなんて必要ありません!)」とはねつけるんじゃなくて、

やっぱり「ありがとうございます」って感謝して、委ねる。

そのほうが、多分
相手も自分も嬉しい。



感謝できるし、
余裕ができるから、

義務感からじゃなくて、
自然にふわっと、
誰かを助けることができる。

助けてもらえなくても、
今回はタイミングが悪かったんだなって思える。

助けられなくても、罪悪感を抱く必要もない。



自立することは、
つながっていけるようになること。

1人で子鹿みたいに震えながら立つんじゃなくて、
いろんな人とつながって、全体としてより大きくなって、よりかかったりよりかかられたりする時間もありながら、安心してふんわり立っていられること。


自然に助けてもらえること助けられること。

私の得意な分野は人を助けられる特技。
私の苦手な分野は人に助けてもらえる特技。


自分には、
人に時間と手間と気持ちをかけてもらう価値があると信じること。

周りの人にもその価値があると認めること。


そう思い始めたら、
世界はとっても
優しくまるく、まわり始めた。